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WWE (1963 ~ )

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WWWF ワールドワイド・レスリング・フェデレーション ( 1963 ~ 1979-03-29 )
WWF ワールド・レスリング・フェデレーション ( 1979-03-29 ~ 2002-05-06 )
WWE ワールド・レスリング・エンターテイメント ( 2002-05-06 ~   )

プロモーター: ビンセント・ジェームス・マクマホン (1935 ~ 1982) & トゥーツ・モント (1953-01 ~ 1969)
ビンセント・ケネディ・マクマホン (1982 ~ 2022-07; 2023-01 - 2023-04)
ステファニー・マクマホン (2022-07 ~ 2023-01) & ニック・カーン
エンデバー (2023-04 ~ ) / TKOグループ・ホールディングス (2023-09 ~ )

WWWF/WWF会長: ウイリー・ギルゼンバーグ (1963 ~ 1978-11)
新間 寿 (1978-11 ~ 1984)
ジャック・タニー (1984 ~ 1995)
ゴリラ・モンスーン (1995 ~ 1997)
リンダ・マクマホン (- 2000-05)

  

1963年、当時NWA世界ヘビー級王者だったバディ・ロジャースのブッキングをほぼ独占していた米国北東部CWC(キャピタル・レスリング・コーポレーション)のプロモーター、トゥーツ・モント(ニューヨーク)とビンス・マクマホン・シニア(ワシントンDC)は、他の会員プロモーター達への世界王者ブッキングを要請し続けるNWAから脱退、「リオデジャネイロのトーナメントで優勝した」という発表のもとロジャースを初代王者とし、WWWFを発足した。実際は、AWA同様、独自の世界王座を認定したがっていたCWCによるWWWF発足を、独禁法対策という目的も含めてNWAが容認。公式にはWWWFが1971年にNWA再加盟したということになっているが、それまでもマクマホンらはNWA年次総会に出席し続けていた。
  新日本プロレスUWAと業務提携し、WWWF王座が日本やメキシコで防衛されたり、アントニオ猪木藤波辰己(現・辰爾)らの日本人選手のニューヨーク参戦やWWF認定選手権奪取にも繋がった。
  1979年3月にWWFに改称。1980年には、1971年から実況を担当していたビンス・マクマホン・ジュニアがタイタン・スポーツを設立し、1982年に父親からCWCを買収、WWFの権利を手に入れた。同年末、興行不振のロサンゼルス地区をマイク・ラベールから買収し西海岸進出(表面上は引き続きラベールがプロモーター)、1983年にはNWAからも再度脱退し、全米侵攻を開始。
  WWFとライバル団体ジム・クロケット・プロモーションズ(NWA系、88年テッド・ターナーが買収しWCWを発足)のテリトリー拡大により、80年代にはアメリカとカナダの多くのテリトリーが閉鎖に追い込まれる。老舗のAWAも91年に閉鎖し、2001年にはWWFがWCWの登録商標などの権利を買収し、全米規模で活動する唯一の団体となる。
  2002年、『RAW』と『スマックダウン』の二つのブランドへの分割化の翌月、世界自然保護基金(World Wide Fund for Nature)に、同一イニシャルの使用について敗訴し、WWE(ワールド・レスリング・エンターテイメント)へ余儀なく名称変更。

  2023年4月、UFCの親会社であるエンデバーがWWEを買収、同年9月UFCとの統合会社TKOグループ・ホールディングス設立。


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