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ジャック・カーリー (16 - 37) & トゥーツ・モント (32 - 34/07) |
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ルディ・デュセック (33 - 38, 49 - 57) |
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アル・メイヤー (30年代 - 40年代?) |
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ジェス・マクマホン (33< - 47) |
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トゥーツ・モント (40 - 52/01) |
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ペドロ・マルティネス (52/01 - 53/01) |
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ビンセント・ジェームス・マクマホン (35 - 82) & トゥーツ・モント (53/01 - 69) |
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ビンセント・ケネディ・マクマホン (WWF: 82 - ) |
1963年、当時NWA世界ヘビー級王者だったバディ・ロジャースのブッキングをほぼ独占していた米国北東部キャピタル・レスリング・コーポレーションのプロモーター、トゥーツ・モント(ニューヨーク)とビンス・マクマホン・シニア(ワシントンDC)は、他の会員プロモーター達への世界王者ブッキングを要請し続けるNWAから脱退、「リオデジャネイロのトーナメントで優勝した」という発表のもとロジャースを初代王者とし、WWWFを発足した。実際は、AWA同様、独自の世界王座を認定したがっていたCWCによるWWWF発足を、独禁法対策という目的も含めてNWAが容認。公式にはWWWFが1971年にNWA再加盟したということになっているが、それまでもマクマホンらはNWA年次総会に出席し続けていた。
1979年3月にWWFに改称。1980年には、1971年から実況を担当していたビンス・マクマホン・ジュニアがタイタン・スポーツを設立し、1982年に父親からキャピタル・レスリングを買収、WWFの権利を手に入れた。1983年にはNWAから再度脱退し、全米侵攻を開始。 |
US選手権
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