2026-03-30更新
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| ジョー・ステッカー | 1925-05-30 | MO州セントルイス |
| 王座主張者スタニスラウス・ズビスコを破り、統一世界王座奪取。 | ||
| エド・ストラングラー・ルイス | 1928-02-20 | MO州セントルイス |
| ガス・ソネンバーグ | 1929-01-04 | MA州ボストン |
| エド・ダン・ジョージ | 1930-12-10 | CA州ロサンゼルス |
| エド・ストラングラー・ルイス | 1931-04-13 | CA州ロサンゼルス |
| 31-05-04、モントリオールでヘンリー・デグレーンに反則負けで敗れ AWA(ボストン)王座を 失うが、CA州では引き続き王者に認定される。 | ||
| ジム・ロンドス | 1932-03 | |
| 30-06-06、PA州フィラデルフィアでディック・シカットを破り、NY・PA両州体育協会から世界王者に認定。31-09-30にはNWAからも認定。32-03、ルイス東海岸移転に伴いロサンゼルス地区でも認定されるが、33-04、ロサンゼルスのプロモーターがNWAからジャック・カーリー派に鞍替えしたためロンドスから王座を剥奪。 | ||
| ジム・ブラウニング | 1933-05 | |
| 33-02-20、NY州ニューヨークでエド・ストラングラー・ルイスを破り、NY・PA両州体育協会から世界王者に認定。33-05以降、CA州ロサンゼルスでも認定。 | ||
| ジム・ロンドス [2] | 1934-06-25 | NY州ニューヨーク |
| 35-02-27に予定されていた、対チーフ・リトル・ウルフ戦をキャンセルしたことにより、CA州体育協会から謹慎処分、その後35-05正式に王座剥奪。 | ||
| ビンセント・ロペス | 1935-07-24 | CA州ロサンゼルス |
| トーナメント決勝でマン・マウンテン・ディーンを破る。 | ||
| デーブ・レビン | 1936-08-19 | CA州ロサンゼルス |
| 36-06-12、NJ州ニューアークでアリ・ババを破り世界王座奪取。36-08-19、ロペスを破り一時的に王座統一。36-09-28、PA州フィラデルフィアでディーン・デットンに敗れるが、一本勝負だったことを理由に、CA州体協は王座移動を認めず(36-10-10に認定)。 | ||
| ビンセント・ロペス [2] | 1936-09-30 | CA州ロサンゼルス |
| 36-10-10、CA州体協がディーン・デットンを正式に認定したため、ロペスから王座を剥奪。 | ||
| ディーン・デットン | 1936-10-10 | |
| 36-09-28、PA州フィラデルフィアでデーブ・レビンを破ったことが36-10-10にCA州体協からも認められる。 | ||
| ブロンコ・ナグルスキー | 1937-06-29 | MN州ミネアポリス |
| ジム・ロンドス [3] | 1938-11-18 | PA州フィラデルフィア |
| サンダー・ザボー | 1940-11-27 | |
| ロンドスが予定されていた防衛戦をキャンセルしたため、挑戦者ザボーが王者に認定。41-01、CA州体協が再度ロンドスを世界王者に認定したため、ザボーの世界王座は取り消し。41-01-08、CA州ロサンゼルスで行われた世界王座挑戦者決定戦でボビー・マナゴフを破る。 | ||
| ジム・ロンドス [4] | 1941-01 | |
| CA州体協から再度認定。41-02-12、CA州ロサンゼルスでザボーの挑戦も退ける。 | ||
| ルーブ・ライト # | 1942-08-19 | CA州ロサンゼルス |
| ジム・ロンドスの後任として世界王者を決定するトーナメントの決勝でスウェディッシュ・エンジェルを破り優勝するが、州体協から世界王者として認定されず、州王者として認定される。太平洋岸王座としても認定。後にNY州で世界王者に認定。 | ||
| ジム・ロンドス # | 1942-11 | |
| CA州で再度王座を主張。46-10、CA州体協は北西部版王者ジョージ・ベッカーを認定(下記参照)。 | ||
| ジョージ・ベッカー | 1946-09-11 | OR州ポートランド |
| ベーブ・シャーキーを破り、北西部版を奪取。46-10、CA州南部でも認定。 | ||
| エンリケ・トーレス | 1946-12-11 | CA州ロサンゼルス |
| バロン・ミシェル・レオーニ | 1950-11-22 | CA州ロサンゼルス |
| ルー・テーズ | 1952-05-21 | CA州ロサンゼルス |
| NWA世界王座に統一。 | ||
| ホイッパー・ビリー・ワトソン | 1956-03-15 | ON州トロント |
| ルー・テーズ [2] | 1956-11-09 | MO州セントルイス |
| エドワード・カーペンティア | 1957-06-14 | IL州シカゴ |
| テーズの負傷による試合放棄で王座奪取、NWAからも正式に認定される。57-07-24、QC州モントリオールでテーズに反則負けするが、引き続きNWAから認定。57-08-25、カーペンティアのマネージャーでもあるモントリオール地区プロモーター、エディ・クインのNWA脱退により、NWAはカーペンティアの王座奪取も無効にする。59-10、NWA世界王者ルー・テーズを破ったという理由も含め、最も王者に相応しいとしてNAWAから正式に認定。 | ||
※ NAWA・WWA世界ヘビー級選手権を参照。
