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ホーム > NWA > アメリカ合衆国 > テキサス > テキサス州東部 [ヒューストン、ダラス他]

[ English ]
NWA サウスウェスト・スポーツ ( 1925 - 1966 )
NWA ビッグタイム・レスリング ( 1966 - 1981 )
NWA ワールドクラス・チャンピオンシップ・レスリング ( 1981 - 1986/02 )
WCWA ワールドクラス・レスリング・アソシエーション ( 1986 - 1989/08 )
USWA ユナイテッド・ステーツ・レスリング・アソシエーション ( 1989/08 - 1990/07 )
WCWA ワールドクラス・レスリング・アソシエーション ( 1990/07 - 1991/01 )
USWA ユナイテッド・ステーツ・レスリング・アソシエーション ( 1991/01 - 1991/06 )
GWF グローバル・レスリング・フェデレーション ( 1991/06 - 1994/09 )
NWA ジム・クロケット・プロモーション ( 1994/10 - 1995/05 )

プロモーター: ヒューストン: ジュリアス・シーゲル (1925 - 1929)
モリス・シーゲル (NWA: 1929 - 1966)
ポール・ボッシュ (1967 - 1987/08)
ダラス: バートラム・ウィロビー (1930年代)
エド・マクレモア (1940年代 - 1968/12)
ジャック・アドキッソン (1966 - 1987)
ケン・ラスク & ケビン・アドキッソン & ケリー・アドキッソン (WCWA: 1987 - 1988)
ジェリー・ジャレット (USWA: 1988 - 1990/07)
ケビン・アドキッソン (WCWA: 1990/07 - 1991/01)
ジェリー・ジャレット (USWA: 1991/01 - 1991/06)
マックス・アンドリュース (GWF: 1991/06 - 1992)
グレイ・ピアーソン (GWF: 1992 - 1994/09)
ジム・クロケット・ジュニア (NWA: 1994/10 - 1995/05)

 兄ジュリアスからヒューストンの興行権を譲り受けたモリス・シーゲルは、ナショナル・レスリング・アソシエーションの協力を受け、第二次世界大戦中も、ルー・テーズやボビー・マナゴフ、ビル・ロンソンといった強豪を招き、ほぼ毎回数千人を動員。戦後、ナショナル・レスリング・アライアンスにも加盟、ダラスのエド・マクレモア、アマリロのカール・サーポリスらと提携し、テキサス州プロレス界を牛耳った。
 だが、1966年には、マクレモアと協力したジャック・アドキッソン(フリッツ・フォン・エリック)との興行戦争が始まり、健康状態にも陰りが見え、同年他界。遺族はヒューストンの興行権をポール・ボッシュに譲渡した。後に、ボッシュはアドキッソンと提携。
 1980年代に入ると、アドキッソンは『ワールドクラス・チャンピオンシップ・レスリング』の名で、テレビ中継も一身。自らの息子達をトップスターに仕立て上げ、テレビ収録にも、当時では画期的な技術を用いて、テキサス以外の地区でも人気を集めた。
 だが、大きなプレッシャーや私生活での乱れが、息子達他トップレスラー達の病死や事故、自殺を招き、1988年には、メンフィスのジェリー・ジャレットが買収。
 1991年には、ジャレットもダラスから撤退。その後グローバル・レスリング・フェデレーション(GWF)が毎週ダラスでプロモートし同地区でのテレビ放送も続けるが94年9月閉鎖。翌月、元NWA会長ジム・クロケット・ジュニアが再びNWAとして毎週興行を始めるが、約半年で閉鎖。
 1935年からダラスのプロレス会場として使用されてきたスポータトリアムも、1990年代後半からは使われなくなり、2001年の火災で大部分が破損、2003年に解体され、その歴史を閉じた。


NWA世界選手権




テキサス州選手権


GWF選手権


関連文献


DVD


書籍


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